ジェンナーロ・イヴァン・ガットゥーゾと私、2

サッカーとかを愛する馬鹿な男のページ。

WSDガットゥーゾコラム「闘犬の処世訓」

あー今回もロッカールームに関してですよ。今のミランの悪い状況だったり先日のポウルセンにやった
勝鬨の事とか書いてあると思ったんですが。あえて避けたのかな? 相変わらず面白いですけどね。今
回は印象に残った事を転載で対応。
    
はっきりいえば、カルチャトーレとしてよりも、ひとりの人間として認められる方がずっと大事だと俺 は思ってる。誰からだってそうだけど、とくにチームメイトからはそういう風に評価されたいよ。 ピッチに立った時の俺は、いいプレーをする事も、酷いプレーをする事もある。でも、人間としての俺 はいつだって同じひとりの人間だ。引退してから、あいつは駄目な選手だって言われるのは構わない。 だけど、あいつは酷い人間だったなんて絶対に言われたくないからな。それを肝に銘じて、行動してい るね。
深いなあ。逆にこういう事を思っているからこそ、友人も多いし評価も高いのではないでしょうか。で もそれでああいう行動に出たりきつい言葉とか出てくるの? という人にはこちら。ミランで六年間過 ごした事が、自身への成長に繋がっていると書いた後に、
いまではもう、自分の考えを口に出したり、素のままの自分をさらけ出して振る舞う事に、不安とか恐 れとかそういう感情を持たなくなった。以前は、なにか言う時にはよく考えてからそうしたもんさ。で も今は、時に間違った事を言ってるかもしれないけれど、発言そのものを躊躇しなくなったんだ。すべ てよかれと思って口に出してるって確信が、自分の中にあるからさ。 ただ、正直言って、俺は自分がリーダーだなんて思った事は一度も無い。リーダーっていうのは、まわ りの人間に自然とそう認められるもんだよね。 他人を尊重するけど、妥協はしない。思った事は、率直に口にする。俺は自分をそういう人間だと思っ てる。たとえ居心地が悪くなろうと、俺は見たまま、思ったままをはっきりと口にする。核心が見えて るのに、それを言わずにいたり、遠慮したりするのが嫌いなんだ。
だそうで。まあ分かりますよね。実際遠慮の無い台詞とか散々聞いてきたし。何つーかプレイスタイル と自身の生き方がぶれない人だなあ。そういう所が魅力的だと思うのですがどうか。ポウルセンにやっ たあの行為もガットゥーゾにとっては自分の感情に従っただけなんでしょうねえ。批判もされましたけ ど(どこかのページでスポーツ選手としてやってはいけない事、見たいな感じで書かれていたのを思い 出しました)ガットゥーゾにとってはあれが正しい行動だった訳ですね。言い訳も全然しなかったし。 うん、やっぱりプレイスタイルとぶれてないよ。 毎回毎回書いてますが相変わらずの面白さ。ちょっとばっかし読んでみて下さい、とアピールいたします。